自分の「気持ち」にもう少し素直になりたいなって話

自分の気持ちアイキャッチ
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いわしだ。

 

最近すごいハマっている漫画がある。

「ドメスティックな彼女」略して「ドメカノ」だ。

高校生とその周りの大人たちの「恋愛」や「友情」、「夢」、「家族」の間で揺れ動く心を描いたラブコメ漫画である。

 

この漫画の中で最も印象に残っているシーンに

人間にとって一番重要で幸福なことは 

自分で選んだ人生を

自分の足で歩いていくことだ

出展:ドメスティックな彼女(10) (講談社コミックス)

 っていうセリフがある。

 

筆者がこの作品を通して一番伝えたいテーマのようにも思えるこのセリフが、おれに「ビビッ」と響いたわけ。

 

下の記事でも少し触れたけれど、

「目標」がない人生はつまらない、本当にやりたいことを考えよう

2017.08.26

 

おれは社会人になるまでずっと周りの友人や、親に合わせて自分の本音や欲望を隠して真面目に見られよう、真っ当に生きようと生きてきた。

これが周りからの信頼を得られる最も楽な生き方で自分で考える必要もなかったからなのだろう。

 

社会人になってからは言わずもがな、

「会社員」として上司や客のためになるように自分の意思に反して「やらなきゃいけないこと」に流されて取り組んでいる、いわゆる社会の歯車。

 

 

別に今までの自分の人生を全否定するわけではない。

 

上のように生きてきたからこそまともな会社(世間一般から見たらホワイト)に就職できたんだろうし、その会社でそこそこの技術を身につけられたのもよかったとは思っているし、お金には不自由ない生活を送っている。

 

でも、やはり自分の気持ちや夢、望みなんかにもう少し素直になればよかったかなってことも思うし、もっと自分の気持ちを生み出して育んで上げるってことをするべきだったのかなとも思っているわけ。

 

とゆうとこから、最近こんな人生でいいのかなって思い悩んでいる。

 

ドメカノのセリフに合わせていうと、

これは本当に「自分で選んだ人生なのかな」と、「周りに選ばせられた人生」ではないかな、と。

 

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今の生活を死ぬまで続けることについて

「周りに選ばせられた人生」かもしれないとはいえ

会社員として今の生活をずっと続けるってことも選択肢としては全然あるとは思うの。

ってゆうかそれが一般的な考え方。

きっとね、遅い早いはあるとして多くの人はおれと同じような悩みや葛藤を一度はしているんだと思う。

先輩やお客さんを見ていて思うけれど本当に仕事が好きで好きでたまらないって人って一握り。

ってゆうか下手したら一握りもいないかもしれない。

 

でも、会社を辞めたら現実問題生活が成り立たないからって理由があって、自分の意思を押し殺して仕事をしている。

で、気づいたらおれみたいに悩み考えることなく今の生活が当然であり、それ以外はありえない。

という思考に至るのだろう。

 

確かにこのまま会社員を続けることの方が経済的には「安定」はするだろうし「社会的信用」も得られるのだろうなと思う。

逆に仕事辞めたら下手したらのたれ死ぬ可能性だってあるかもしれない。(今の日本じゃその可能性は限りなく0だろうけれど)

 

ただし、その反面で自分がしたくないことや、やりたくないことをしなければいけない。

自分が本当にしたいことに割く時間を減らさなければいけない。

っていうデメリットもあるわけ。

 

別に「今すぐ会社を辞めて独立して自分のやりたいことやるんだ」っていう話ではないけれど、

日々、自分の「やりたいこと」や「気持ち」を育んであげても良いんじゃないかなって思う。

それに向かってできることをしてあげても良いんじゃないかなって思う。

 

ってゆうかそうしたい。そうじゃないとロボットと何が違うのかわからなくなってしまう。

最近、AIやIoT技術の進歩でロボットも人間と同じように仕事ができるようになってきた。

それなのに「自分の意思」や「気持ち」というものを持たず、ただ周りの指示に従い生きていたら本当にロボットと何も変わらないのでは。

そんなのすごい嫌だなと思う。

 

自分のやりたいことってなに?

そもそも、おれみたいな人生を歩んできた人がいたら同意してくれると思うのだけれど

学生の頃からずっと「自分の意思」ではなく「周りの意思」に従って生きていると、

自分の本当の意思というものが生まれてこなくなる。

 

そういう意味だとおれなんかかなり重症な患者だ。

例えば理系か文系かを高校二年生の段階で選ぶ際。

その際も親の意見を丸呑みにして理系にしている。

「理系の方が就職は安定しているから理系をおすすめする」

という親の意見。

親として出す意見としてはまま正しいとは思う。

 

それをまるで自分の意思のように自分の中で解釈し、

「おれは理系の科目を学びたいから理系にするんだ」

っていう風に自分の気持ちを考えたり特に悩んだりせず理系にしている。

 

大学受験の時にどこの大学に入りたいか決めるときも結局、

「自分の実力で入れるところ」

っていう考えが一番先にきて、自分の意思が入る余地はなかったように思える。

 

こんな風におれは、社会人になるまで自分で思い悩むことって他の人より少なかったし、受動的な人生を送っていた。

そういう生活を送っていると「自分の気持ち」や「意思」というものが本当に出てこない。

 

そこで、一度振り返ってみて「自分のやりたいことってなんだろうな」ってなって本気で考えてみたの。

 

そしたら

やりたいこと
  • 好きだった人に受動的ではなく想いを伝えること
  • 成功して周りに認めてもらうこと
  • ブログを通して自分が素敵だと思うことを多くの人にしてもらうこと

 

という自分の意思が出てきて(ふんわりとしてるけど)

これらが達成できたら本当に素敵だなって「自分の気持ち」に気づいた。

 

自分の思ったことを大事にしてあげたい

上でも書いたけれど、今すぐ仕事を辞めてどうこうとかって気落ちは毛頭ない。

けれど、自分の気持ちを心の奥にしまわず育んであげることはしていこうと思うし、それを達成できるための経済的自由を手に入れるためにできることもしていく。

今まで自分の気持ちをないがしろにしてきた分、これからはしっかり自分と向き合って人生を歩んで行きたいって思う。

 

それは、仕事で嫌なことはやらないとかではなく、嫌なことは嫌なことと認識した上で仕事はするってこと。

全ての事柄に自分の意思や気持ちを通して素直に行きていこうと思う。

多分、そういう気持ちを持たない方が社会人として生きやすいのだとは思うけれど「人」としてあるべきはこっちの姿なのだと思う。

 

まとめ

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病んでる風な文章になったし、自分の思っていることを「ドバーーー」っと書いたのでまとまりのない文章になってしまったが、

おれが言いたかったことは自分の気持ちを大事にしたいし、みんなそうするべきだということ。

 

ブログで少し稼げるよう(生活できるレベルでは全然ないけど)になって、こういうことを考えるきっかけにもなって、ブログ書いていてよかったなと思う。

書いていて思ったけれど、ブログってこういうことをしっかりかけるツールとして良いなと思った。

自分の思い悩んでいることを表に出すってブログでもやっていないと中々ないと思う。

こんな悩みってあんまり人に話せるものでもない気がするしね。

 

と、こんな感じで人生に思い悩む25歳の夏の終わりでした!

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